
非常に貴重な種。
稀少動物のサイ。
これが、私の中でピンと来ないんですよ。
ほら、ひところトキのことが話題になりましたね。
コマーシャルでも流れてた。
あの時も、よく分からなかった。
どうして、そんなにまでして守る必要があったんですか?
稀少動物だからと云う、人間の勝手な理由で、
そのトキの自由を奪っている。
トキが地球上から消滅してはいけないんでしょうか?
あんまり関係なくて、ピント外れかも知れないけど、
アイヌたちや、インディアンたちも、
保護区と呼ばれる場所で暮らしていたりするんでしょ?
仮に大和民族(日本民族? どちらにしても好きな
表現じゃないけど)が滅びかけたら、
ほかの国の人たちは、種の存続ってことで、
保護するのかな?
私は日本がなくなったって、平気ですよ。
例えば戦争とか、そんな強制的な理由で、
民族(何度も言うけど好きな表現じゃない)が滅ぶのには、
ちょっと抵抗があるけど、
日本沈没みたいな、そんな天災で、
日本民族が地球上から消滅しても、
そのことには、それほど抵抗はない。
それよりも、民族が少なくなったことで、
白い目で見られたり、保護という名目で、
一カ所に集められるのは、イヤ。
(もしもこれが差別発言になるのだったら、
申し訳ありません)
稀少動物のサイと、そうでない動物の、
そのどちらかを殺して食べなきゃならない時、
私の選択理由は、『どちらがうまいか』ってことです。
私にしてみれば、同じひとつの命です。
もしももっと深く2つの命の比較が出来るなら、
それは、どっちがいいヤツか? ってことです。
いいヤツを、地球上に残しておきたい。
極悪非道の人間が稀少民族で、
マザー・テレサみたいな人が、そうでない民族。
私はためらわずに、稀少民族を減らします。
ちょっと例えが、変ですか。ムチャですかね?
動物学者の人たちが、「種の存続」ってことを
言われますよね。
私は、未だにその大切さが理解できていません。
野生の中で、大きなトカゲが非常に貴重な種を食べてしまう。
そのことに、それほどの意味があるのでしょうか?
ごくごく、自然のことじゃあないんでしょうか?
私には、その命の重さは同じです。
>毎日、新聞やニュースは沢山のヒトの死を伝えます。でも、
>全ての死について同じ悲しさを、辛さを感じることが私には出来ません。
これは、当たり前です。
自分が関わった命が消えてしまうのは、
とても悲しいことです。
ほら、「星の王子さま」って本がありますが、
読まれましたか?
王子さまの星に、一本のバラの花が咲いてて、
そのバラが王子さまに、
「ワタシは世界中でたった一本しかない花よ」
って、言うんですよね。
だから王子さまは、
すごく珍しい花だと思ったから、一所懸命世話をする。
ところが、地球に来て、王子さまはガッカリしちゃう。
地球には、王子さまが珍しいと信じていたバラの花が、
いっぱいいっぱい、庭で咲き誇っていた。
でも、物語の最後のほうで、
王子さまは、いっぱい咲いてる地球のバラに向かって、
言うんです。
「アンタたちは、ただ咲いてるだけだ」
って。
「ボクの星に咲いてるあのバラは、それは、
他の人から見たら、キミたちと同じバラの花かも知れないけど、
ボクにとってはちがう。大切な花なんだ」
この話、知ってますか?
命の重さはね、違うんですよ。
確かに、違うんです。
王子さまにとっては、自分の星に咲いてるバラの花の命は、
とても重いものだった。
地球のバラ園に無数に咲いてるバラの花なんかよりも、
ずっとずっと、その命は重い。
どうしてか?
王子さまの言葉を借りれば、
「時間つぶし」をしたからなんです。
どう云うことかって言うと、
ほら、例えば、これを読んで下さってるあなたと私。
こうして時間つぶしをしてるんですよ。
私とあなたは、
たまたま同じ時代に命をもらって、
たまたま、お互いにパソコンを持ってて、
たまたま、同じ頃にネットをしていて、
たまたま、ここにつないでいる。
すごい確率だよ。
あなたと私、みんなそうだ。
みんなみんな、すごくわずかな確率で知り合って、
こうして、みんなで「時間つぶし」をしてる。
みんな、私にとっては、とても大切な命なんですよ。
親兄弟なんて、もっとすごい確率だ。
友だち、嫁、ペケとプゥ。
私にしてみれば、すごくすごく、その命は重たい。
こんな例を挙げるのは不謹慎かも分からないけど、
先日(98.5)、ジャカルタでたくさんの人たちが亡くなられたことより、
私は、あなたが風邪でもひいて苦しんでたとしたら、
そのことのほうが、気にかかる。
でもね、それはあくまで、私個人が感じる命の重さ。
>命の重さが同じだと言うことが、奢りのような気もします。
こう云うことではありません。
個人的には確かに重さはちがうけど、
総体的に見たら、重さは同じです。
奢りじゃないです。ぜったい同じなんです。
ずるいようだけど、これには反論しないで下さい。
うまく説明する自信がありません。
でも、間違いないです。
命はね、同じなんです。ひとつなんです。
私の命も、あなたの命も、
それからいろんな動物の命、植物の命、
すべて同じ命。まったく同じ。
命は無数にあるようだけど、実はひとつ。
なんだか、宗教的な話になっちゃった。
こっちのほうに話が進むと、
矛盾だらけだから、つまり「死」はないことになっちゃうから、
うーんと、この部分は削除すべきかな?
まあ、敢えて削除しないでおくけど、
忘れてくれてもいいです。
ただ、命は同じ重さだってこと、
分かっていただけますか?
もしも私が死んでしまったら、
きっとあなたは悲しんでくれると思う。
どこそこの、ぜんぜん知らない誰かが、
マムシに噛まれて死んでしまったニュースよりは、
はるかに、あなたは気に留めてくれると思う。
でも、私のことをぜんぜん知らない人は、
やっぱり何とも思わないんですよ。
今、あなたにとって、私の命は少し重たくなってる。
ネットを立ち上げるまでは、何とも思わなかった命が、
今は、重たくなってる。
くどいようだけど、それは、
あなたにとっての重さであって、
すべての人にとっての重さじゃない。
じゃあ、有名人はどうなのさ?
ってのもナシね。
身寄りもいない、友だちもいない、
そんな人と、松田聖子の命の重さってのも、
比較しては、ダメ。
みんな同じ命。同じ尊さ、同じ重さ。
人も犬も猫も猿も鳥も虫も花も木も、
稀少動物もそうでない動物も、
みんなみんな、同じ命。
人間の命は重たくて、
犬の命は軽い。
そんなおかしなことがありますか?
私はそれを、「奢り」だと思うのです。
また、長くなりました。
勝手放題書きました。
読んで下さった方、ありがとうございます。
暇なときに、文句のひとつも言って下さい。
みんなで「暇つぶし」しましょう。

