08 信じるは信じてない

 普段はサッカーなんて 絶対 見ないのに、
 日本や韓国が頑張ってるからと 
 テレビ観戦が続く。

 それで気になったことがひとつ。
 テレビのニュースで サポーターに声をかける。
 「日本の勝利を信じてます」
 「韓国の勝利を信じてました」
 
 これって 本当に「信じてる」んやろか?
 そんなふうには ボクの耳に聞こえない。
 「日本の勝利を信じてたのに トルコに負けちゃった」
 って ホンマ?
 イタリアと韓国の試合で
 ノーサイドの笛が鳴る数分前までイタリアに負けてた韓国なのに、
 「勝利を信じてましたから」
 と韓国のサポーター。
 ホンマにホンマ?
 あの状態で あなた 韓国の勝利を 信じてました?
 信じていたにしては その興奮は何?
 信じてた勝利なら 感動もないでしょ?

 「信じる」って言葉は「祈る」って言葉の代わりに使ってるんじゃないかなあ?
 ボクにはそう感じられて仕方がない。
 どないやろ?
 
 考えたら この感覚は今に始まったことじゃないな。
 ボクは昔から「信じてる」を信じてなかった。
 「あなたのこと信じてるからね」
 なんて言われて、「信じられてる」なんて 感じます?
 信じてるんじゃなくて「期待してる」んだ。
 だからさ
 「信じてる」は「信じてない」ってことだよ。
 ね?


  .................................(2002.6.20)